2016年3月19日土曜日

第86回ミュージアム講座「先史・古代東アジア海域交流の一側面 -朝鮮半島・北部九州・山陰-」を開催しました。

 本日午後、第86回ミュージアム講座「先史・古代東アジア海域交流の一側面 -朝鮮半島・北部九州・山陰-」を開催しました。この講座は、島根大学古代出雲プロジェクトセンターのメンバーがリレー形式で講義する、平成27年度島根大学ミュージアム市民講座第2ステージ「遺跡から探る『古代出雲』の成り立ち」の最終回になります。

 本日の講師は、平郡達哉博士(島根大学法文学部准教授・島根大学ミュージアム兼任研究員)が務められました。

 今回は、日本列島の旧石器時代・縄文時代・弥生時代、それに併行する朝鮮半島の旧石器時代から原三国時代における半島・北部九州・山陰の文物交流について、時代ごとに解説されました。

 まず旧石器時代(約1万年以上前)では、朝鮮半島や九州に、剥片尖頭器という石器のヤリ先が分布していることから、この頃から既に交流があったことがうかがえます。

 つづく縄文時代(半島の新石器時代)では、鹿の角を組み合わせて作った結合式釣針や佐賀県腰岳産黒曜石の分布から半島と九州に交流があったことが分かっています。

 弥生時代(半島の青銅器時代・初期鉄器時代・原三国時代)になると、朝鮮半島から水田稲作文化や青銅器文化・鉄器文化をはじめ、様々な文物が伝わってきます。松江市古浦砂丘遺跡では、半島でみられる松菊里系土器、出雲市山持遺跡原山遺跡・松江市西川津遺跡では半島の粘土帯土器が見つかっており、半島と山陰との交流があったことがうかがえます。また韓国側でも、泗川市勒島遺跡などで大量の弥生土器が見つかっていて、日本から半島へ交易のために渡っていたことが分かります。

 紀元前108年には、前漢の武帝が現在のピョンヤン一帯に楽浪郡を設置します。これによって、日本列島にも中国の文物が流入するようになりました。出雲市山持遺跡や鹿島沖の日本海では、楽浪土器が見つかっています。松江市田和山遺跡で出土した硯の破片や鳥取市青谷上寺地遺跡で出土した中国の貨幣などもこうした動向をあらわしているようです。

 以上のように朝鮮半島と北部九州・山陰は、古くから人の移動・移住、交易など、様々な文物交流がなされてきたことが分かりました。

 今回のシリーズ「遺跡から探る『古代出雲』の成り立ち」毎回方々聴講は、東京から毎回いらっしゃる方もおられました。ありがとうございました。

 6月からは、平成28年度島根大学ミュージアム市民講座第1ステージ「世界を股に掛ける!島大の調査研究(フィールドワーク)」が始まります。引き続き、よろしくお願い致します。

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