第91回島根大学ミュージアム市民講座「『出雲国風土記』と掘り出された古代の道」を開催しました。

 本日午後、第91回島根大学ミュージアム市民講座「『出雲国風土記』と掘り出された古代の道」(まつえ市民大学連携講座)を開催しました。

 今回は、大橋泰夫先生(島根大学法文学部教授)に講師をつとめていただき、出雲にあった山陰道などの古代道路について解説していただきました。

 まず、7世紀から8世紀にかけて、古代律令国家によって整備された道路とは、どういうものだったのかについての説明がありました。古代国家は、都を中心に、放射状にのびる七道を整備しました。このうち、出雲にのびるのは山陰道です。そして、道沿いには、約30里(16km)ごとに駅家(うまや)が設置され、馬を乗り継いで、情報を伝達した駅伝制が整備されました。また、一部の道沿いには、柳やエンジュの並木が植えられていた可能性もあるそうです。

 奈良時代に編纂された『出雲国風土記』には、出雲国内にどのような道や駅家があったのかについて、具体的に記述されています。また、最近の発掘調査では、松本遺跡(松江市)、杉沢遺跡(出雲市)などで、実際に古代の山陰道が発見されています。丘陵の上を大規模に削って、直線的な立派な道を通そうとしていた様子が分かります。

 現代の島根県では、高速道路や国道の整備が進められています。1300年前の古代国家も、同じように道を整備して、人・モノ・情報の伝達のためのインフラ整備をしっかりとしていたことが分かりました。国を統治していくうえで、「道」は、時代を問わず、普遍的に重要なインフラであることを改めて感じさせられました。

コメント