2018年2月17日土曜日

第3回特別講座in広島「『出雲国風土記』と古代を探し求めた人々」を開催しました。

 本日、広島市にて、第3回特別講座in広島 Part.3「『出雲国風土記』と古代を探し求めた人々」を開催しました。
 講師は、大日方克己教授(島根大学法文学部)が務められ、『出雲国風土記』がどのようにして現代に受け継がれてきたのか、また江戸時代の『出雲国風土記』研究について解説されました。

 奈良時代の733年に編纂された『出雲国風土記』は、唯一、ほぼ完本として現代に伝えられている風土記として知られています。しかし、古代に書かれたものが、そのまま今日まで残されてきたわけではなく、中世にはほとんど失われて、一部の限られた公家・神道家のみの間で伝えられていたのでした。
 この風土記に光をあてたのは、徳川家康でした。家康は公家の冷泉家から風土記を収集するなどしていたようで、1597年には細川幽斎が家康の持っていた『出雲国風土記』を書写しています。細川幽斎によるこの写本は、現存する最古の『出雲国風土記』です(細川家本)。
 こうした写本が、さらに書き写されるなどして、江戸時代にひろがっていき、今日に残されたわけです。

 また、江戸時代になると、この『出雲国風土記』を研究する学者があらわれ、多くの研究書が出版されました。なかでも、松江藩士の岸崎佐久次時照による『出雲風土記抄』、遠江の国学者・内山真龍による『出雲風土記解』、杵築大社千家国造家の千家俊信による『訂正出雲風土記』などがあげられます。
 『出雲風土記解』を著わした内山真龍は、天明6年(1786)、『出雲国風土記』の現地調査のために、実際に遠江国から出雲国に調査旅行までしています。内山真龍の『出雲風土記解』は、岸崎佐久次時照の『出雲風土記抄』を底本にして総合的な研究を行ったものです。
 ところで、内山真龍は、伊勢の国学者、本居宣長からこの『出雲風土記抄』を入手したのでした。さらに本居宣長が持っていた『出雲風土記抄』は、浜田藩の藩医であった小篠敏という人物が、交流のあった伊勢神宮の神官・蓬莱尚賢を介して、宣長に送ったもののようです。そして、この浜田藩の小篠敏は、安芸国高田郡吉田の清神社神官・波多野為興がもっていた『出雲風土記抄』を書写していたのでした。
 『出雲国風土記』をめぐって、江戸時代にこのような学者のネットワークがあったことは、とても興味深く感じられます。また、国学者として有名な本居宣長が、『出雲風土記抄』を入手する経緯が、広島とも関係していることについて、会場の広島の皆様も興味深く聴いておられました。

 3回にわたって開催しました今年度の特別講座in広島も盛況のうちに終了いたしました。毎回、多くの広島の皆様に御参加いただき、まことにありがとうございました。

0 件のコメント:

コメントを投稿