2017年1月29日日曜日

島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)に旧制松江高校の旗

 島根大学旧奥谷宿舎(サテライトミュージアム)の前に、旧制松江高校ののぼり旗をたてています。
 当時の旗をコピーしたものです。お気軽にご入館ください。


2017年1月23日月曜日

キャンパスは大雪

本日の島大は、雪で真っ白です。
ミュージアム前も雪かきをしていただいております。

2017年1月21日土曜日

第4回島根大学ミュージアム特別講座in広島Part2「再生される四隅突出型墳丘墓」を開催しました。

 1月21日(土)、広島市まちづくり市民交流プラザ(広島市中区)にて、第4回島根大学ミュージアム特別講座in広島 part2 「再生される四隅突出型墳丘墓」を開催しました。

 この講座は、平成25年度に島根大学ミュージアム特別講座in広島「出雲文化へのいざない」を開催した際、大変好評で、再度の開催要望が多く寄せられたことから、パート2として企画したものです。

 今回の講師は、弥生時代から古墳時代を専門に研究されている岩本崇先生(島根大学法文学部准教授)が務められ、出雲の古墳について解説されました。

 日本の古墳には、前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳など、様々な形態がありますが、近畿で前方後円墳が築造されるのに対して、出雲の古墳時代前期では、方墳が多くみられることが特色になっています。これがなぜなのかについては、様々な議論がなされてきました。

 弥生時代の出雲では、四隅突出型墳丘墓という方形墳丘の四隅コーナー部が突出した、特異な形の墳丘墓が造られています。後続する古墳時代に出雲で方墳が多いのは、四隅突出型墳丘墓の在地的な伝統が残存したという解釈と、前方後円墳>方墳といった墳丘の形によるランク付けを倭王権が列島の広範囲で行ったためという考えなどがあります。

 そこで岩本准教授は、島根県安来市の荒島墳墓群にみられる前期方墳について、墳丘・埋葬施設・副葬品などを詳しく分析されました。そして、出雲にある前期方墳は、本質的には異なるものの、弥生時代の四隅突出型墳丘墓が、いわば「復古再生」されたものであると解釈できないかという一仮説を提示されました。

 このことは、出雲一地域にとどまらず、日本の古墳時代がどのような社会・時代であったかを考えるうえで、重要な課題となります。聴講された方々にも、資料やスライドを見ながら、一緒に考えていただくことができました。

 今回も満席で、広島の多くの皆さまに古代出雲の歴史や謎について、学んでいただきました。ありがとうございました。

2017年1月16日月曜日

本日の団体客:法文学部の学生

本日は、法文学部の「歴史と考古セミナー」受講生が、ミュージアム本館を見学しました。
また、いつでも見学に来てください。

2017年1月10日火曜日

第94回島根大学ミュージアム市民講座「大原郡家の移転について-雲南市・郡垣遺跡の調査成果を中心に-」(まつえ市民大学連携講座)【2/12】

平成28年度島根大学ミュージアム市民講座第2ステージ「"古代出雲"の交通ネットワークを探る」(兼:まつえ市民大学連携講座)の最終回です。この講座シリーズでは、「古代出雲」の交通手段や経路、それらによって結ばれた拠点を具体的に明らかにし、交通ネットワークの歴史的な意義について考えていきます。
 今回は、『出雲国風土記』の謎のひとつ、大原郡家の所在地をめぐって、最新の調査研究結果をご紹介いたします。
 どなたでもご予約なしで聴講できます。多くの方々のご参加をお待ちしております。

主催 島根大学 研究・学術情報機構 ミュージアム・島根大学古代出雲プロジェクトセンター・島根大学法文学部山陰研究センター「『出雲国風土記』の学際的研究」プロジェクト
共催 まつえ市民大学
対象 市民一般・高校生
講師 志賀 崇(雲南市教育委員会)
日時 平成29年2月12日(日) 13:00~14:30
場所 松江スティックビル (松江市白潟本町43番地) 松江市市民活動センター 201・202研修室
その他 
 ・参加費無料
 ・申込み不要
 ・受講者は、スティックビル駐車場料金が1日¥200に割引になります。

2017年1月8日日曜日

第93回島根大学ミュージアム市民講座「古代の道とゆきかう人々」(兼:まつえ市民大学連携講座)を開催しました。

 本日午後、第93回島根大学ミュージアム市民講座「古代の道とゆきかう人々」(兼:まつえ市民大学連携講座)を開催しました。

 この講座は、平成28年度島根大学ミュージアム市民講座第2ステージ「"古代出雲"の交通ネットワークを探る」(まつえ市民大学連携講座)の第3回になります。

 今回は、大日方克己・島根大学法文学部教授が講師を務め、古代律令国家における道について解説していただきました。

 まず、畿内から全国に延びた七道のひとつである古代山陰道と、『出雲国風土記』に記述された出雲国内の道についての解説がありました。

 次に、こうした道を具体的にどのような人々が往来したのかについて、文献資料の記述から紹介がありました。

 正倉院に残されていた天平6年度出雲国計会帳には、天平 5 (733)年 8 月 1 日~天平6 (734)年 7 月 30 日の公文書リストが記述されており、山陰道を通行した人々を具体的に知ることができます。(※733年は『出雲国風土記』が撰上された年)
 例えば、天平 6 年 2 月 8 日には、政府の公文書である太政官符が、東隣の伯耆国から出雲国府に、山陰道を通じて送られてきています。また、天平 5 年 8 月 2 日、史生(ししょう)子々法次が調の輸送隊を率いて都に出発するなど、何人かの国司が都に出張している記述などもみられます。天平 5 年 12 月 16 日には、のちに国造となる意宇郡・兵衛・出雲臣国上が、天皇の守衛のために上京しています。また、西隣の石見国にあった山陰節度使と出雲国とを往来する記述も残されています。

 以上のように、山陰道をどのような人々が、どのような目的で往来したのか、具体的な記録が残され、それを知ることができることに、大変驚かされました。

 このほか、出雲と都を結ぶ道は、山陰道だけではなく、播磨へ抜けるルートもあることが文献資料からうかがえるようです。

 参加された方々は、こうした記録から分かる古代の道の姿について、思いをめぐらせながら、熱心に聴講されていました。

 次回のミュージアム講座は、『出雲国風土記』のなかの謎のひとつ大原郡家にかかわる話「大原郡家の移転について-雲南市・郡垣遺跡の調査成果を中心に-」(2/12)です。多くのご参加をお待ちしています。

2017年1月4日水曜日

新年あけましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。
本年も島根大学ミュージアムを何卒よろしくお願い申し上げます。

ミュージアム本館は本日から開館しております。

http://museum-database.shimane-u.ac.jp/specimen/metadata/419
ライチョウ

http://museum-database.shimane-u.ac.jp/specimen/metadata/422
アホウドリ

http://museum-database.shimane-u.ac.jp/specimen/metadata/417
オオミズナギドリ